三国志に釣られクマー

三国志に釣られクマー

三国志好きの三国志好きによる三国志好きのための何か

泄帰尼(せつきでい) 字:不明(?~?)

今回は泄帰尼と言う人物の紹介じゃな。彼は歩度根の弟、扶羅漢の息子であり、軻比能にも目をかけられておった人物だったんじゃ。しかし父が軻比能に殺されておったことから、軻比能とは相いれず、最終的には魏側にて軻比能としばしば戦うんじゃよ。

成律帰(せいりつき) 字:不明(?~?)

今回は成律帰と言う人物の紹介じゃな。彼は軻比能と争った素利の弟に当たる人物だったんじゃよ。

苴羅侯(しょらこう) 字:不明(?~?)

今回は苴羅侯と言う人物の紹介じゃな。彼はあの軻比能の弟に当たる人物なんじゃが、歩度根等との争いの渦中に亡くなったようなんじゃよ。

雑談回その22

さて、今回はちょっと雑談じゃな、と言うのも昨日サッカー日本代表がドイツ代表に勝った、と言う快挙を見た以上、ちょっと雑談せん訳にはいかんのじゃよ。

瑣奴(さど) 字:不明(?~?)

今回は琑奴と言う人物の紹介じゃな。彼はあの軻比能の配下として、戦場に赴いておったようなんじゃよ。

沙末汗(しゃまつかん) 字:不明(?~?)

今回は沙末汗と言う人物の紹介じゃな。彼は長城の外に勢力を築いていた厥機と言う人物の息子に当たる訳じゃな。それでは彼について見ていくとしようかのう。

騫曼(けんまん) 字:不明(?~?)

今回は騫曼と言う人物の紹介じゃな。彼は檀石槐の孫であり、先に紹介した魁頭と後継者の座を争った人物なんじゃよ。

魁頭(かいとう) 字:不明(?~?)

今回は魁頭と言う人物の紹介じゃな。彼はここでも何度か名前を挙げておる、あの檀石槐の一族に当たる人物なんじゃ。じゃが彼はその後様々な苦労を背負うこととなったようじゃな。

児禅(げいぜん) 字:不明(?~?)

今回は丁零の大人、児禅の紹介じゃな。一応鮮卑族の大人と言う扱いにはしているんじゃが、ちょっと調べてみたら、これもまたいろいろ考察の余地はありそうなんじゃな。

軻比能(かひのう) 字:不明(?~235)その2

さて、今回は軻比能の主な事績を追いかけていくとしようかのう。少ないながらも戦闘経験も多いことから、戦闘実績も載せていくぞい。

軻比能(かひのう) 字:不明(?~235)その1

さて、今回は鮮卑族を代表する大物、軻比能の紹介じゃな。三国時代に軻比能は魏に対し、服従と離反を繰り返しており、最終的には暗殺されているんじゃよ。

鬱築鞬(うっちくけん) 字:不明(?~?)

さて、今回鮮卑族の人物紹介じゃな。彼らも烏丸と同様に、鮮卑と思われる人物は皆ここで紹介していこうと思うんじゃよ。今回は鬱築鞬と言う人物じゃな。彼は何度か名前の出ている軻比能の女婿に当たる人物じゃ。

劉和(りゅうわ) 字:不明(?~?)

さて、今回は劉虞の一族、息子である劉和の紹介じゃな。字や生没年は不明。彼は漢の朝廷におったため、劉虞の死に目には会えんかったようじゃ。劉虞亡き後、彼はどうしたのか見ていくとしようかのう。

雑談回その21

さて、前回の雑談の最後で次からは人物紹介、と書いておったが、あれは間違いじゃ。なんと二回連続雑談回じゃ。ちと訳があって、これは話をせん訳にはいかんくなったんじゃよ。

雑談回その20

さて、昨日の楼班までの紹介で烏丸の勢力紹介は終わりじゃな。そこで久しぶりにちょっと雑談と行こうかのう。ここ数日でいろいろ面白いことがあるからのう。

楼班(ろうはん) 字:不明(?~207)

さて、今回は烏丸の楼班の紹介じゃな。彼は遼西郡の烏丸単于であった丘力居の息子で、彼が亡くなった時は幼少であったため、遼西の烏丸は蹋頓が代理で率いておったんじゃ。後に楼班が成人すると蘇僕延の手によって単于に持ち上げられたんじゃよ。

魯昔(ろせき) 字:不明(?~217?)

さて、今回は烏丸の魯昔の紹介じゃな。彼は太原郡の烏丸王で、曹操によって長安に留めおかれた人物なんじゃ。彼は非常な愛妻家であり、それがために破滅した人物なんじゃよ。

能臣氐(のうしんてい) 字:不明(?~?)

さて、今回は烏丸の能臣氐の紹介じゃな。彼は代郡の烏丸なんじゃが、ちと数奇な運命をたどった人物なんじゃ。

普富盧(ふふろ) 字:不明(?~?)

さて、今回は烏丸の普富盧の紹介じゃな。彼は代郡の単于代行で、那楼と共に曹魏に祝賀しに来た人物なんじゃよ。

頒下(はんか) 字:不明(?~?)

さて、今回は烏丸の頒下の紹介じゃな。袁紹時代の遼東属国の率衆王じゃ。字や制帽年は当然わからんぞい。

那楼(なろう) 字:不明(?~?)

さて、今回は烏丸の那楼の紹介じゃな。上郡の単于代行とあるが、上郡は幷州で結構易水からは遠いんじゃよ。上谷郡が近いと思うんじゃが、上谷には難楼と言う人物を以前紹介しておる。この辺りの関係も気になるのう。

蹋頓(とうとつ) 字:不明(?~206)

さて、今回は烏丸一番の大物、蹋頓の紹介じゃな。後漢から三国時代にかけて、烏丸の単于は世襲で行われることが多いんじゃが、蹋頓は本家筋ではなかったのを、実力でのし上がって言った人物じゃな。

速僕丸(そくぼくがん) 字:不明(?~206)

さて、今回は烏丸の速僕丸の紹介じゃな。実を言うと今日紹介する速僕丸、そして昨日紹介した速附丸、それとかつて紹介した蘇僕延は同一人物の可能性もあるんじゃが、ここでは別々に紹介するぞい。

速附丸(そくふがん) 字:不明(?~206)

さて、今回は烏丸の速附丸の紹介じゃな。彼は先日少し話をした蹋頓の配下であった人物なんじゃよ。さて、それでは速附丸について見ていくとしようかのう。

修武盧(しゅうぶろ) 字:不明(?~?)

さて、今回は代郡の烏丸の修武盧の紹介じゃな。彼は特に「何某王」のような肩書はないようじゃな。更に言うと鮮卑族の軻比能に従っていることから、ちょっと変わった立場の人物のようじゃな。

護留(ごりゅう) 字:葉?(?~?)

さて、今回は烏丸の率衆王である護留の紹介じゃな。率衆王と言うのはまたどんな役割なのか、この辺りも不明じゃのう。

骨進(こっしん) 字:不明(?~?)

さて、今回は烏丸王である骨進の紹介じゃな。烏丸王と言うが、彼がどの程度の軍勢を率いていたか、少々不明な部分もあるんじゃよ。

寇婁敦(こうろうとん) 字:不明(?~?)

さて、今回は右北平の烏丸単于である寇婁敦の紹介じゃな。彼も明帝末期の単于として、右北平地方の烏丸を率いておった人物なんじゃよ。

王同(おうどう) 字:不明(?~?)

さて、今回は烏丸の王同の紹介じゃな。彼もまた異民族故に生没年や字は不明じゃが、おそらく文帝の時期に亡くなったと思われるんじゃよ。

王寄(おうき) 字:不明(?~?)

さて、今回は烏丸の王寄の紹介じゃな。異民族故に生没年や字は不明じゃが、おそらく文帝の時期に亡くなったと思われるんじゃよ。