三国志に釣られクマー

三国志に釣られクマー

三国志好きの三国志好きによる三国志好きのための何か

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陸喜(りくき) 字:文仲(?~?)

さて、今回紹介するのは陸喜じゃな。彼もまた陸玩と同じく陸瑁に連なる系譜の人物なんじゃ。陸玩は陸瑁の孫世代に当たる訳じゃが、陸喜は陸瑁の息子じゃな。字に「仲」が入っていることから、陸瑁の次男じゃろうな。

陸玩(りくがん) 字:士瑶(?~?)

さて、今回紹介するのは陸玩じゃな。今まで触れてこなかったが、実は三国志の呉書にはもう一人陸氏の系譜を継ぐ人物がおるんじゃが、今回紹介する陸玩はそちらの系譜に連なる人物じゃな。

陸凱(りくがい) 字:敬風(198~269)その1

さて、今回紹介するのは陸凱じゃな。彼は陸胤の兄であり、198年生まれと言うことから、ちょうど陸遜の一世代下になるかどうか、と言うぐらいの時期に生まれた人物じゃな。三国時代が形成した時期を生き抜いた呉の重鎮、興味深い人物じゃのう。

陸延(りくえん) 字:不明(?~?)

さて、陸遜の息子と言うと、真っ先に名前が挙がるのは当然陸抗なんじゃが、彼には早世してしまった兄がいたんじゃな。それが今回紹介する陸延じゃ。彼が生きておればどのような人物になったのか、それはもう知る由がないが、記録だけでも留めておきたいもん…

陸叡(りくえい) 字:不明(?~?)

さて、今回紹介するのは陸叡じゃな。陸一族はいくつかの支族に分かれており、三国志の時代は陸遜の一族が一番有名じゃが、元々本家筋に当たる陸康直系が陸績なんじゃ。そして今回紹介する陸叡は陸績の次男に当たる人物じゃな。

陸胤(りくいん) 字:敬宗(?~?)その1

さて、今回紹介するのは陸胤じゃな。彼もまた陸遜の同族であり、息子の陸抗と同時代の人物だったようじゃな。兄は陸凱で、昨日紹介した陸禕の叔父にあたる人物じゃ。彼もまた非常に優秀だった人物のようじゃから、楽しみじゃな。

陸禕(りくい) 字:不明(?~?)

さて、今回から紹介するのは呉の名族陸氏じゃな。陸遜や陸抗等の非常に興味深い人物達が出てくるじゃろう。まず最初は陸禕の紹介じゃな。彼は陸凱の息子で、陸遜から見るとちょうど孫の世代に当たる人物じゃな。

華廙(かよく) 字:長駿(?~?)

さて、今回紹介するのは華廙と言う人物じゃな。字を見れば分かるように彼は華表の長男、華歆の孫の世代に当たる人物じゃな。華表の息子と言うことじゃが、彼も非常に優れた人物のようじゃな。

華表(かひょう) 字:偉容(204~275)

さて、今回紹介するのは華表じゃな。華表の名前は今までも何度か出てきておるが、華歆の長男じゃな。華歆の後継者として、立派に一族を率いた、彼もまた非常に優秀な人物だったようじゃのう。

華博(かはく) 字:不明(?~?)

さて、今回紹介するのは華博の紹介じゃよ。ちょっと前後するが、彼は華歆の息子で華周と華表に挟まれた次男のようなんじゃな。それでは華博について見ていくとしようかのう。

華澹(かたん) 字:玄駿(?~?)

さて、今回紹介するのは華澹の紹介じゃな。彼の字から華嶠と兄弟であることが分かるじゃろうか。実際彼は華嶠の弟、華表の三男に当たる人物なんじゃよ。華表は華歆の長男に当たる人物で、華歆の後、一族を取りまとめる人物でもあるんじゃな。

華周(かしゅう) 字:不明(?~?)

さて、今回紹介するのは華周と言う人物じゃな。彼は華歆の末子に当たる人物じゃな。彼もまた有能な人物であったようじゃな。それでは華周について見ていくとしようかのう。

華嶠(かきょう) 字:叔駿(?~?)

さて、今回から新しい一族、華歆の一族の紹介じゃな。王朗と並び魏において三公にまで上り詰めた華歆、この一族も非常に優秀な人物が揃っていそうじゃな。まずは華嶠の紹介、華歆の孫に当たる人物じゃな。

王恂(おうじゅん) 字:良夫(?~278)

さて、今回紹介するのは王恂じゃな。彼もまた王粛の息子として名を馳せた人物の一人じゃな。何だかんだで王朗の一族は結構すごい人物が多いのう。もし王朗が揚州で頑張って生き残っておったら一大勢力を築いておったかもしれんのう。

王粛(おうしゅく) 字:子雍(195~256)その1

さて、今回紹介するのは王粛じゃな。後漢末から三国志の時代にかける大学者の一人として歴史に名を残しているんじゃ。この分野においては、父である王朗以上と言えるかもしれんのう。

王虔(おうけん) 字:恭祖(?~?)

今回は王虔の紹介じゃな。彼もまた王粛の息子の一人で、名前が残っている人物と言うことから、かなり優秀な人物だったようじゃが、どんな人物だったのか、見ていくとしようかのう。

王愷(おうがい) 字:君夫(?~?)

今回は王愷の紹介じゃな。彼もまた王朗の孫、王粛の息子になる訳じゃな。さて、王愷に関してはどのような記録が残っているか。早速見ていくとしようかのう。

王惲(おううん) 字:不明(?~?)

さて、今回は会稽の王一族、王朗の子孫らの紹介じゃな。最初に紹介するのは王朗の孫、鶯宿の息子の王惲の紹介じゃな。さて、彼には何らかの逸話があるんじゃろうか。

劉尚(りゅうしょう) 字:不明(?~?)

さて、今回も劉繇の息子の一人である劉尚の紹介じゃな。彼もまた劉基の弟なんじゃが、彼自身の記録も昨日の劉鑠とほぼ同じで少なめなようじゃな。

劉鑠(りゅうしゃく) 字:不明(?~?)

さて、今回は劉繇の息子の一人である劉鑠の紹介じゃな。彼は劉基の弟であり、兄のことを畏敬していた、と言うことなんじゃが、彼自身の記録は少ないようじゃな。

劉基(りゅうき) 字:敬輿(184~232)

さて、今回は少し謝らねばならんのじゃが、ある一族の後継者の紹介を忘れておったんじゃ。それは劉岱・劉繇兄弟の一族じゃな。劉岱の子はわからんが、劉繇の子供は史書にも記録が残っておる。彼らの紹介を忘れておったんじゃ。スマンのう。

王明山(おうめいざん) 字:明山(?~251)

さて、今回は王一族最後の砦、王明山の紹介じゃな。彼は王淩の末子であり、優れた兄弟たちの中でも一番有名だった、と言うことなんじゃよ。さて、そんな王明山とはどんな人物だったのか、見ていくとしよう。

王飛梟(おうひきょう) 字:飛梟?(?~251)

さて、今回は、王淩の息子の一人である王飛梟の紹介じゃな。彼もまた兄たち同様、高い評価を受けていたそうじゃが、彼もまた父王淩の罪に連座する形で処刑されてしまったようじゃな。

王広(おうこう) 字:公淵(?~251)

さて、今回は王広の紹介じゃな。彼は王淩の恐らく長男であり、優れた人物として当時でも有名だったんじゃよ。じゃが彼も父の罪に連座する形で処刑されてしまうんじゃな。

王金虎(おうきんこ) 字:金虎?(?~251)

さて、今回からは王允の一族、王淩の息子の一人である王金虎の紹介じゃな。彼は非常に高い評価を受けていたそうじゃが、父王淩の罪に連座する形で処刑されてしまったようじゃな。

崔州平(さいしゅうへい) 字:州平(?~?)

さて、今回は崔州平の紹介じゃな。彼は西河太守であった、崔鈞および崔均の弟であるようなんじゃな。

劉豹(りゅうほう) 字:不明(?~279?)

さて、今回は劉豹の紹介じゃな。彼もまた劉姓を冠する匈奴の王の一人じゃな。彼は於夫羅の子を称し、またある人物との縁もあるのでは、と言われた人物なんじゃよ。

劉靖(りゅうせい) 字:不明(?~?)

さて、今回は劉靖の紹介じゃな。おや、匈奴の紹介では?と思った方もいるかもしれんのう。ある程度事情を知っている人になると、ある人物との関係を気にする人もいるのではなかろうか。

胡薄居姿職(こはくきょししょく) 字:不明(?~?)

さて、今回匈奴の胡薄居姿職と言う人物の紹介じゃな。何やら長ったらしくて、今までの異民族らしからぬ名前のようじゃのう。もしかして漢人につけられた名前なんじゃろうか。

呼廚泉(こちゅうせん) 字:不明(?~?)

さて、今回匈奴の南単于であった呼廚泉の紹介じゃな。単于は遊牧民族たちの君主を指す言葉として使われているのは過去何度か話しているかのう。匈奴は後漢の頃は南北二つに分かれ、呼廚泉は南匈奴の王と言うことじゃな。