さて、今回は鮮卑族の大人の一人、槐頭じゃな、主に右北平から遼東の辺りを根拠地にしておった人物ぢゃ。
字や生没年は不明ぢゃ。彼について紹介していこうかの。
人物紹介
檀石槐は己の支配領域を大きく3つに分けておったんじゃが、槐頭はその内一番東の領域を支配する大人の一人じゃった。ちなみに檀石槐の一族に魁頭と言う人物がいるんじゃが、時代が少し違うので別人かのう。槐頭は檀石槐生存中から名前が見えておるんじゃが、魁頭は檀石槐 の子や孫の世代になってくる感じじゃからな。
一応別人として扱っておくぞい。
さて、檀石槐亡き後に鮮卑族の中からは軻比能が頭角を現してくるんじゃ。しかし軻比能でも檀石槐には遠く及ばないと言ったが、これは明確な理由があるんじゃ。
東側を支配する大人は槐頭以外にも数人、代表的な人物がおるんじゃが彼等が支配する部族数はいずれも軻比能よりも多かったらしいんじゃ。
つまりどういうことかと言うと
檀石槐>>>槐頭(檀石槐の配下の一人でしかない)>軻比能
あまり不等号使いすぎると頭悪く見られるかもしれんが、冗談抜きでこんな感じじゃな。大人一人一人が軻比能以上の勢力があるのに、それすら檀石槐の配下の一人でしかない、と言うことじゃな。
ただ、槐頭等の支配地域はかなり中華から離れておったらしく、彼らが直接中華に乱を引き起こしておった訳ではないようじゃ。
さて、と言ったところで能力評価じゃな。今回は・・・うむ、ワシ評価のみじゃな。
能力評価
槐頭は支配する部族が比較的多いことから、統率は高めじゃ。また異民族の常として戦場が身近にあったことから、軍事もそれなりに高めじゃ。後は平均的じゃな。実績が少ないとこんなもんかのう。
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雑談ぢゃ
ほっほっほ、どうもくまの爺ですじゃ。さて、今回は鮮卑族の大人の一人、槐頭じゃな。
もっとバリバリの戦闘民族と思ったのですが、そうでもないのですね?
まあ、さすがに戦闘実績が見えてこないと上げづらい部分はあるのう。もう一つ理由があっての。鮮卑族はおよそ3つの領域に分けておる、と言ったじゃろ。
槐頭達はその東側の領域を支配していると仰っていましたね。
うむ、そして後漢が討伐軍を送った地域は鮮卑族の中央を支配していた地域で、そこの連中に後漢の軍は撃退されておるんじゃな。
しかも史書を読むと中央の大人達は大帥でもあったとわざわざ書いておる。つまり中央エリアにおった連中こそが檀石槐率いる実戦部隊の中核を担っておったんではなかろうか。
それと比較して東西エリアの大人達は軍事は少し抑えめとしているのですね。
うむ、その代わりと言っては何じゃが、東エリアは多少政治を上げておる。まあ多少バランスを取ってる感じじゃな。さて、今回はここまでじゃの。週末に袁紹勢力まで入れるとええのう。
次も見てくださいね、それではまた!