三国志に釣られクマー

三国志に釣られクマー

三国志好きの三国志好きによる三国志好きのための何か

素利(そり) 字:不明(?~228)

さて、今回は鮮卑族の大人の一人、素利じゃな、鮮卑族東のエリアの大人じゃな。

字や生年は不明ぢゃ。没年は228年じゃな。彼の紹介をするとしよう。

人物紹介

さて、今回は素利の紹介じゃな。しかし彼らの名前は特徴的じゃの。やっぱり音に合わせた当て字になるのかのう。競走馬でアサクサデンエンが香港での馬名で浅草田園と書かれるようなもん・・・とこれは日本語でも漢字にしたらこのまんまじゃのう、ほっほっほ。

タマモクロスじゃと玉藻十字になるそうじゃな。これはこれでカッコいいんじゃが、多分こういう漢字の当て方はしておらんじゃろ。トウカイテイオーは東海帝皇らしいが、帝王でなく「帝皇」と言うところがカッコイイんじゃよ。

鮮卑の人達と同じ名前の付けられ方をしておるのは恐らくスズカマンボで、これは鈴鹿間風と書くんぢゃ。鈴鹿はともかく、間風は恐らく音だけを合わせた完全な当て字じゃろうな。

と、だいぶ話が横にそれたのう。素利は196~220年の建安年間に閻柔を通じて曹操に貢納しているんじゃよ。曹操も彼等に王の位を授けておることから結構後期の話かもしれんのう。少なくとも袁一族を滅ぼすかかなり追い込んでいる状態なのは確実じゃなかろうか。軻比能とは仇敵の間柄じゃったようで、何度か彼と争っておるようじゃ。負けていないことから結構な実力者じゃったと思われるの。228年に素利が亡くなった、と言うことじゃが息子が幼かったので弟の成律帰を王にしたそうじゃ。

さて、と言ったところで能力評価じゃな、今回もワシの評価のみじゃな。

能力評価 

爺評価(Max.200)
   軍事   統率   知謀   政治 
 闕居(20歳)  95 80 30 60
 ↓ ↓ ↓  ↓↓ ↓↓
 闕居(45歳)  128 112 57 90

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素利もまた大人の一人として東エリアにおったんじゃ。軻比能と争えるぐらいの実績があるので、軍事、統率の総合力が一番東のエリアで高めじゃぞい。夫余の王である尉仇台は単独で当たるのは少々不利じゃろうな。

 

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雑談ぢゃ

ほっほっほ、どうもくまの爺ですじゃ。さて、今回は鮮卑族の大人の一人、素利じゃな。

師匠、いきなり競馬ネタを突っ込んでくるとは・・・ネタ切れですね?しかも時代が妙に古いですよ。

いやいやいや、何を言うか、鮮卑族などの北方異民族の特徴はなんじゃ?弟子よ。

それは騎馬民族ですから・・・あっ!

そうじゃ、騎馬と言うことは馬じゃろう。立派に繋がっておるんじゃよ。

うー、何かごまかされている気がするんですが。

そうじゃな、馬とは言っておるが現在のサラブレットとは種が全然違うからのう、全高等のサイズも違うんじゃよ、ほっほっほ。

やっぱり・・・結局ネタで埋めただけじゃないですか、はあ、しょうがないですねえ。

まあ三国志の話をするからと言っても三国志だけしか知らんのもそれは問題じゃからな。物事と言うのは大抵関係ないと思っても、どこかしらで繋がっているもんじゃ。そう言うのを拾い上げて、他のネタを振れるようにならんと、4,000人も紹介するのは無理じゃぞい。

まあ、それはそうですね、当時の中国以外の世界がどうなっているのかとか、世界史では全然理解できませんでしたから。知っていたら師匠も教えてくださいね。

そうじゃな、当時の世界の横のつながりとかがどうなっているのかは、ワシも授業で習っている内は全然理解できんかった。なんせぶつ切りで時代と地域が飛んでいくからの。

まあそんなに詳しいわけではないが、ちょこちょこネタは挟んでいくぞい。と素利の話ができておらんのう。

閻柔を通じて貢納しているとありますから、やはり閻柔の影響力は大きかったんですね。

そうじゃな、閻柔の統率力は檀石槐程ではないにしても、烏丸や鮮卑を従えるのに十分な器量を持っておったということじゃのう。そう考えるとやはり檀石槐は並の男ではない、と言うことじゃの。

閻柔より確実に上、となると全盛期に率いた兵力がどの程度になるか、ちょっと考えるのが怖いですね。

うむ、そう考えると小粒揃いになっている状況は漢人達にとっては有り難い話じゃろうが、ロマンが無くてちと寂しいのう。

師匠がロマンなんて・・・似合わないですねぇw。

かましい。さて、今回はここまでじゃな。後二人でとりあえず現役の鮮卑の紹介はおしまいじゃな。次もまたよろしくの。

次も見てくださいね、それではまた!