さて、今日からは韓馥陣営の紹介じゃな。一回目は当然韓馥じゃ。
『英雄記』によると韓馥は字を文節と言い、潁川の人物とあるんじゃな。潁川の出身と言うことは袁紹配下の荀諶と同郷な訳じゃな。
このことが後の伏線になっておった、と言うことなのかのう。
さて、今回から韓馥陣営じゃな。当然最初は韓馥じゃな。
冀州の牧だった方ですよね。と言うことは冀州のトップだった、と言うことですよね?
そうじゃな、そんな彼が袁紹に冀州牧の位を譲るまでにはかなりすったもんだあったようじゃ。そして彼はその後どうなったのか
確かどこかで既に書いていましたよね。
うむ、まあ見てない人もいるから、韓馥の人物紹介で改めてきちんと説明していくぞい。
それでは紹介をお願いします。
人物紹介
冀州牧として
190年の春正月、韓馥は他の諸侯と共に兵をあげ、反董卓連合軍に参加したんじゃ。
『英雄記』によると、韓馥は董卓の推挙により冀州の牧となったんじゃ。そのため韓馥は積極的に反董卓連合軍に参加するのには、ためらいがあったんではなかろうか。
そのためか勃海太守となっている袁紹の挙兵を恐れ、数人の従事を派遣して彼を監視させ、動きをとれなくさせていたんじゃ。
後に兗州東郡の太守、橋瑁から董卓の罪悪を書き連ねた偽の公文書が回ってくると、配下の者たちにどうすべきか、質問をしたんじゃな。
劉子恵と言う人物は、今兵をあげるのは国のためですと言い、ただ戦は不吉なことだから、自ら口火を切ってはいけない、行動を起こすものがいれば同調すれば良い、とも言ったんじゃ。
そこで韓馥は袁紹に書簡を書き、挙兵を認めたんじゃな。
さて、その後に袁紹と韓馥は共謀して劉虞を皇帝にしようと企てたんじゃが、これは上手くいかんかったのう。
冀州牧の譲渡
そして191年の7月に韓馥は袁紹に冀州を譲り渡したんじゃ。その時に韓馥と同郷の荀諶が彼を説得しておるんじゃ。
韓馥は何となくお人よしのような印象があるんじゃが、そう言う韓馥の性格を利用して同郷の荀諶を送り込んだとすれば やはり袁紹はしたたかな人物、と思えてくるのう。
さて、当然この韓馥の意思に対して配下の多くは反対するんじゃ。
韓馥の長史の耿武、別駕の閔純、治中の李歴は韓馥を諫めて「冀州は片田舎とは言え、武装兵は100万、穀物は十年分あります。袁紹は孤立無援で本拠地を持たず、軍勢は困窮状態にあり、わが方の鼻息をうかがうもの、いわばひざの上の赤ん坊のようなもので、乳の補給を断てばたちどころに餓死させることができます。どうして州を彼にくれてやろうとするのですか」と言うんじゃ。
それに対して韓馥は「自分は元々袁氏の役人だったし、それに才能も袁本初には及ばない、有徳のものを選んで位を譲るのは、古人が尊重した態度である。諸君だけが何を心配しているのだ」と言うんじゃよ。
従事の趙浮と程奐が、兵を出して抵抗したい、と願ったが韓馥はこれも許さなかったんじゃ。似たような話は『九州春秋』にも書かれておるんじゃ。これによると当時趙浮と程奐は1万の強力な弩隊を率いて河陽に駐屯しておったんじゃが、韓馥が冀州を袁紹に譲ろうとしているのを聞いて、韓馥を説得するために急いで戻った、と言うことらしいのう。
その後の韓馥
董卓に対して袁紹が反旗を翻したことで、都にいた袁家一族はことごとく処分されたんじゃ。それに対し、袁紹に付いていた人物たちは、皆彼のために復讐を願ったというんじゃ。その状況に韓馥は恐怖を感じ、袁紹に辞去を願い出て、張邈と言う人物の下に身を寄せたんじゃ。
これには異説もあり、『英雄記』によると袁紹配下に朱漢と言う人物がおったんじゃが、彼は以前韓馥に冷遇され、恨みを抱いておったんじゃ。そして袁紹に気に入られたいと先走り、城郭の守備兵を率いて韓馥の邸を包囲したんじゃ。韓馥は逃走して望楼に上ったんじゃが、韓馥の長男は捕えられ、両足を打ち砕かれたんじゃよ。
袁紹はさすがにこの朱漢の暴走を問題視して彼を捕らえ殺害したんじゃ。しかしそれでも韓馥は疑心が解けず、袁紹に対する恐怖も去らなかったため、袁紹に手紙を送り、辞去を申し出たんじゃ。
しかし、後に袁紹が張邈の下に使者を送った時、使者は内密に相談することがあって張邈に耳打ちしたんじゃ。その場にいた韓馥は自分に対する処置を講じられると思い、絶望して席を立ち、厠へ行って自殺した、と言うんじゃ。先の袁紹の下を去った時の理由が『英雄記』の通りだったとすれば、袁紹に対する疑心を持っておった韓馥は、逃れられないと絶望したのかもしれんのう。何とも悲しい話じゃ。
さて、それでは能力評価と行こうかの。今回は全作品とも出演しておるぞい。
能力評価
韓馥は平和な時代であれば、無難に郡太守や州刺史を務めておったであろうが、乱世を生き抜くにはちと臆病すぎたかもしれんのう。ただ刺史としては一定の力量があったと判断し、政治はやや高めじゃな。
正確な情報かは分からんが、公孫瓚にも敗れて彼を恐れておったらしいとあるんじゃ。先の臆病な面も考慮して軍事系の能力は全体的に抑えめじゃな。
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雑談ぢゃ
さて、韓馥の能力評価じゃな。
やはり、人物紹介の内容を聞くと、この評価も仕方ないかな、と思えますね。
そうじゃな、ワシも含めてどの作品も抑えめな評価じゃな。
それにしても朱漢は結構ひどいことをやったんですね。
まあ韓馥の冷遇と言うのが、どう言うものを指しておるのかが分らんから、一概に朱漢の方のみを一方的に非難はできんが、ちとやりすぎな印象はあるの。
韓馥は本人こそちと頼りないが、配下には優れた人材が多数埋もれておる。ここも劉備陣営と並んで結構脅威となる勢力にはなりそうじゃな。
韓馥が抑えめな評価でしたが、それだと少し面白くなりそうですね。それにしても冀州は群雄割拠の様相を呈していますね。
そうじゃな。じゃがそれだけに冀州を制するのは後の飛躍の大きな支えとなるであろう。それぐらい重要な地と言えるじゃろうな。さて、今回はここまでじゃな。
次も見てくださいね、それではまたです。