さて、今回紹介するのは王彧じゃな。
既に一回名前が出ておる人物じゃが、どこに出ておるか覚えておるかのう。
彼がどんな人物じゃったか、改めて確認していくとしようかのう。
さて、今回は王彧じゃよ。お主は覚えておるかの?
劉岱の配下ですよね。もったいぶっても劉岱劉岱陣営ですと、もうどこに書かれているかは絞られるじゃないですか。
まあ、確かにそうじゃがな。さて、引っ張る内容でもないので、早速紹介と行くかのう。
分かりました、よろしくお願いします。
人物紹介
さて、王彧じゃが、彼も史書で名前が出てくるのは一ヶ所のみじゃな。
公孫瓚と袁紹が争いを初めて、公孫瓚が劉岱の下におった袁紹の家族を要求してきた時、連日議論を重ねるが結論が出ず、劉岱は大いに悩むんじゃな。
この時に劉岱の別駕であった王彧は劉岱に進言するんじゃな。
「程昱は策謀を持っており、良く大事を定めます。」
これにより劉岱は程昱に助言を受け、その後の行動を決めたんじゃな。
王彧は程昱のように方向性をしめすことはできんかったが、程昱を推挙することで方向性を定めることに成功したんじゃ。
そして王彧の出番はこれだけじゃな。
さて、それでは人物紹介はここまでじゃな。続けて能力評価を行うぞい。今回はワシのみの評価じゃな。
能力評価
王彧は劉岱の別駕であった点から、どちらかと言えば文官として評価しておるんじゃ。方向性そのものを示すことはできんかったので、知謀はやや抑えめじゃよ。その一方で程昱を推挙した点から政治はやや高めじゃな。
軍事面に関しては特に何もやっておらん点から、こちらは並程度の評価じゃな。
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雑談ぢゃ
さて、王彧の能力評価じゃな。
マイナー武将ですが程昱の紹介と、結構重要なことをやっていますね。
そうじゃな、政治が少し高めなのもその部分を評価してのことじゃからな。
別駕だったというだけではもう少し政治も抑えられるんですね。
うむ、その場合は60ぐらいじゃろうな。程昱自身は結局劉岱には仕えんかったが、方向性が定まったと言うのは非常に大きかったと思うでのう。
間接的にですが大きな仕事はした、と言うことですね。
そうじゃな。自分に足りない部分を他者に求める。これは非常に理に適った行為と言えるじゃろう。荀彧のところにも書いたが、何でも自分でやるのがベスト、と言う訳ではないからのう。
こう言うのも賢者の在り方の一つ、と言うことですね。
そうじゃな、実績が少ない故多少抑え目にはなっておるが、こう言うのも評価はしたいでのう。さて、今回はここまでじゃな。
次も見てくださいね、それではまたです。