さて、今回紹介する人物は袁嗣じゃよ。
袁胤と違い、こちらは知らない人が多そうじゃのう。字や生没年も不明じゃな。
彼はどんな人物だったのか、見ていくとしようかのう。
さて、今回は袁嗣と言う人物じゃな。
袁胤と違って、こちらはさすがに知らないですねえ
うむ、演義じゃと出ておらんのではなかろうか、おそらくじゃがな。
それだと知りようがないですね、袁術とは同族なんでしょうか?
その辺りも詳細ははっきりしないんじゃよ。まあ、おそらく同じとは思うんじゃがのう。その辺りも少し考察してみようかのう。
分かりました。よろしくお願いします。
人物紹介
さて、今回紹介する人物は袁嗣じゃな、彼については史書でも一ヶ所しか載っておらんのじゃ。
『武帝紀』によると196年に曹操が攻め寄せてきたことにより、袁術が任命した陳国の相の袁嗣は曹操に降伏した、とあるんじゃ。
さて、ここで袁嗣が袁術と同族ではないか、と言う話じゃが、それはこの時袁嗣が務めておった陳国と関係あるんじゃ。
元々この時代、袁一族としては汝南袁氏と陳国袁氏、二つの系譜が存在しておったんじゃよ。
汝南と陳国は隣接しておるし、どうやら5~6代遡ると同一の祖先にたどり着くようなんじゃが、少なくともこの頃は同じ袁氏でも、同族と言う意識は少し薄かったんではなかろうか。
もし袁嗣が陳国袁氏の系譜だったとすると、同郷の人間は郡太守や刺史になれないという慣例から、陳国の相になるのは無理があったと思うんじゃな。
そう考えると袁嗣は汝南袁氏の系譜だったのではなかろうか。まあ色々と乱れた時期であり、袁術が任命した相であることから、そんな慣例を無視している可能性もなくはないんじゃが、任命するならやはりより血の近い方になるんではなかろうか、とも思うんじゃよ。
さて、袁嗣の人物紹介はここまでじゃな、続いて能力評価といこうかの。袁嗣については、天舞さんで出ておるようじゃな。それでは評価を見ていくとしようかのう。
能力評価
袁嗣は陳国の相として送り込まれ、こちらも特に悪評はないことから知謀や政治は標準程度に評価したんじゃ。その一方、曹操にさっくりと降伏していることから軍事面は袁胤同様低めじゃな。
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雑談ぢゃ
さて、袁嗣の能力評価じゃな
天舞さんを見ると袁胤よりは能力高めですね。師匠は同じぐらいですね。
そうじゃな、自分はあまり差を感じなかったからのう。
演義の影響もあるのかもしれないですねえ。
まあ、そこは分らんからのう。さて、そんなところで袁嗣の紹介は終わりじゃな。次の人物紹介も見てくだされ。
次もまたよろしくお願いします。他に興味ある方は下の索引からご覧ください。