三国志に釣られクマー

三国志に釣られクマー

三国志好きの三国志好きによる三国志好きのための何か

蘇代(そだい) 字:不明(?~?)

さて、昨日話をしておった気になる人物じゃが、紹介するのは蘇代じゃな。実はすでに何度か名前が出ておる人物なので、記憶のある人もいるのではなかろうか。

 

さて、今回は紹介する人物は蘇代じゃな。

どうも、張郃だ。やはり紹介する人物は蘇代であったか。 

蘇馬とは血縁関係があるのでしょうか?

そこまでは分からんが、ほぼ同時期に同じ地域におった人物じゃからなあ。無関係とも言い難いんじゃよ。

人物紹介

さて、蘇代自身についてはあまり記録がないんじゃ。

『戦略』によると、劉表荊州刺史になったばかりの頃、江南では宗賊の勢いが盛んであり、また袁術が魯陽に駐屯し、南陽の軍勢を全て手中に収めておったんじゃ。

また、呉の人である蘇代が長沙太守の官にあり、貝羽が華容県への長となっておったが、各々の軍勢を頼みに命令に服さなかったんじゃ。

そこで劉表は蒯越等を呼び、対策法について相談するんじゃよ。

「宗賊の勢いが非常に盛んな上、民衆は付き従わず、袁術はこの混乱を利用している。災難が今にも降りかかってくるであろう。わしは軍勢を招集したいと思うが、集まらないかと心配だ。どうしたら良いだろうか。」

これに対して蒯越は応えて言うんじゃ。

「平和な時代の政治は仁愛と道義を第一とし、混乱の時代の政治は時宜に適した策謀を第一とするものです。戦争は兵力の多さにかかっているのではなく、人物を配下に治めるかどうかにかかっているのです。

袁術は武勇を持ちながら決断力がなく、蘇代や貝羽は軍人だから問題とするに足りません。宗賊の指導者たちは貪欲で乱暴なものが多く、部下の頭痛の種になっています。

彼らの中には私が昔から面倒を見ていた者がおりますからこ奴らを利を以て誘えば必ず手下を引き連れてやってくるでしょう。

殿は道に外れた者を処刑し、他の者を労り使用なさいませ。そうすれば州全体の住民は生を楽しむ気持ちを抱き、殿の立派な恩徳を耳にして、必ず幼子を背負ってやってくるでしょう。

軍兵が集まり民衆が付き従ってから、南は江陵を占拠し、北は襄陽を守れば、荊州の八郡は檄を飛ばして平定することができるでしょう。たとえ袁術等がやってきたとしても、どうすることもできないでしょう。」

この意見を聞いた劉表

「異度(蒯越)の計略は時宜に適した策を述べた臼犯(晋の人物)と同じである。」

と非常に喜び、これを実行したんじゃよ。

揚州から荊州にかけた地域には他にも蘇飛がおり、この辺りの地域には蘇姓の豪族が多くいたのかもしれんのう。さて、これ以降は蘇代の記録が途絶えており、その後の彼の記録を追いかえるのは不可能なんじゃ。

それでは続けて能力評価と行こうかの。彼もまた他の作品には出ておらず、ワシの評価のみじゃな。

能力評価 

爺評価(Max.200)
   軍事   統率   知謀   政治 
 蘇代(20歳)  50 65 35 45
 ↓ ↓ ↓  ↓↓
 蘇代(45歳)  95 68 51 79

 

蘇代は郡太守と言うことじゃが、蒯越がただの軍人、と評していることから、政治よりは軍事面の能力を高めの評価としておるんじゃよ。

じゃが、蒯越の策によってやられてしまい、その後出てきておらんことから、全体的には抑えめの評価じゃな。

 

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雑談ぢゃ

さて、蘇代の能力評価じゃな。

ふむ、蘇馬のが先に出てきていると言うことはあちらのが君主扱いと言うことにしておるのだな。  

まったく無官機かもしれないと言うことを考えると、いくら姓が同じでも、二人が並んでいるのはちょっと違和感を感じてしまいますね。

まあそうなんじゃが、こうでもして人を集めねば、この辺りは本当にスカスカになってしまうでのう。いきなり荊州全土を劉表が支配した訳でもなし。 

まあ無理やり張羨とかを出す、でも良いようにも思うがな。彼も劉表には抵抗しているし、立場的には蘇代等と似たようなものだ  

とは言え、蘇代等が実際にいる訳じゃから、彼らを蔑ろにはできんからのう。さて、そんなところで蘇代の紹介は終わりじゃ。良ければ次もよろしく頼むぞい。

よし、それでは俺も帰るか、次もよろしく頼む。  

張郃さん、お疲れさまでした。次もよろしくお願いします。他の人物に興味ある方は、下の索引からご覧くださいね。