さて、今回紹介する人物は許奇じゃな。彼は先日まで紹介した許允の息子の一人じゃな。母はこの息子たちを父の許允に比べると才能豊かではない、と言っておるんじゃが、実際のところどうじゃろうな。
案内人
くまの爺・・・三国志好きのタダの爺さん、もちろん某く〇モンとは何も関係ない(それ以上はいけない)。三国志好きが高じて史書に載っているほぼ全ての武将のDB化をしてやろうと大それたことをもくろむ。終わりの目途は・・・全く立っていない。
弟子・・・師匠の無茶な道楽に付き合わされる可哀そうな弟子。最近は張郃とのやり取りが多いせいか、無駄なツッコみは減っている模様。実は弟子と書いて「ていこ」と言う名前だったりする(師匠は最近思い出したようだ)。
張郃・・・くまの爺が一番好きな武将とお話ししたい、と謎の技術で召喚された可哀そうな人物。もっとも本人は現代生活を結構楽しんでいるよう。無理やり召喚されたためか、くまの爺の持ってる範囲の記憶しか残っておらず、ちょっと残念。
四方山話
さて、今回紹介するのは許奇じゃな。上でも書いておるが、許奇は許允の息子の一人じゃな。
母によって命が救われた子供ですね。父に比べたら才能ないとの話ですが、実際どうなんでしょうかね。
父とは簡単には比べられんが、どうやら彼らも並みの人物ではないようだな。
うむ、それでは許奇がどんな人物であったか、見ていこうかのう。
能力評価
さて、それでは各項目について見ていくとしようかのう。
軍事・統率・知謀・政治
許奇については許允のところに一緒に書かれているようじゃな。
許奇は行政能力と学問を有していた。晋の元康年間(291~292年)許奇は司隷校尉になった。(『夏侯尚伝』裴注『世語』)
記述量は少ないが、評価はかなり高いな。
行政能力が高い、と書かれているのが、政治の高さに繋がっていますね。
政治面・実務能力と言う点では父を超えた、と言う評価だな。さて、AIでは恐らく他に何らかの情報がないか、を聞くような感じかな。
『Copilot』の情報
張郃殿の言う通り、「許奇の事績についての情報は何かありますか?」じゃな。
・・・・・なんだこれは?
・・・なんでしょうね、これw
うん、まあ前もあったが、間違った情報が出ることもやはりあるようだな。許允の息子は別にして、許劭とは何の関係もないだろう。
許奇ぐらいマイナーな人物になると、ネットワーク上にもほとんど情報が残っていないから、このような変な回答になるのでしょうね。
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簡単解説
許奇は何だかんだで政治に関しては父より評価が高いのですね。
行政能力に優れている、と言うことから実務能力に関しては父を超えると言う評価なのであろうな。
許允は単純な知性は息子たちを超えていたのであろうが、時の権力者に目を付けられたのが運の尽きであったと思うんじゃよ。
それにしても今回は『Copilot』はアカンかったのう。
さて、そんなところで許奇の紹介は終了じゃな。
ふむ、それでは自分も帰るとするか。また次もよろしく頼む。
張郃さん、今日はお疲れさまでした。次もまたよろしくお願いしますね。