今回紹介する人物は許猛じゃな。今回こそ許允と阮氏のもう一人の子供じゃな。この許猛も許奇同様、阮氏からは父の許允ほどではないと言うことであるが、実際のところどれほどの人物であったのか、気になるのう。
案内人
くまの爺・・・三国志好きのタダの爺さん、もちろん某く〇モンとは何も関係ない(それ以上はいけない)。三国志好きが高じて史書に載っているほぼ全ての武将のDB化をしてやろうと大それたことをもくろむ。終わりの目途は・・・全く立っていない。
弟子・・・師匠の無茶な道楽に付き合わされる可哀そうな弟子。最近は張郃とのやり取りが多いせいか、無駄なツッコみは減っている模様。実は弟子と書いて「ていこ」と言う名前だったりする(師匠は最近思い出したようだ)。
張郃・・・くまの爺が一番好きな武将とお話ししたい、と謎の技術で召喚された可哀そうな人物。もっとも本人は現代生活を結構楽しんでいるよう。無理やり召喚されたためか、くまの爺の持ってる範囲の記憶しか残っておらず、ちょっと残念。
四方山話
さて、今回紹介するのは許猛じゃな。許允のもう一人の息子じゃ。
許奇も何だかんだで結構優秀でしたが、許允とは少しタイプが違う感じでしたね。
才気煥発な感じの父許允殿に比べると、許奇殿は堅実な実務官と言った印象だな。
許奇と比べて、許猛はどんな感じになるかのう、それでは早速見ていくこととしよう。
能力評価
さて、許猛についても記述量は少なそうじゃが、各項目について見ていくとしようかのう。
軍事・統率・知謀・政治
許猛についても当然じゃが、許允のところに記録が残っているようじゃな。
許猛は字を子豹と言い、(兄の許奇と同様)そろって行政能力と学問を有していた。(『夏侯尚伝』裴注『世語』)
許猛の礼楽儒学の素養は、当時にあって、最も優れていた。(『夏侯尚伝』裴注『晋諸公賛』)
最初の一文は許奇にも入っていた一文だが、二つ目の礼楽儒学の話は許猛だけに書かれている逸話だな。
この一文があることから、許猛に関しては知謀の評価が高いのですかね。それにしても礼楽儒学ってどう言うことでしょうか?
ふむ、ここで解説しても良いが、どうせなら『Copilot』に聞いてみるとするか。
『Copilot』の情報
ふむ、それでは、「礼楽儒学とはどう言うものですか?」と言うことで質問してみようかのう。
儒学の大家であった董仲舒とはいかないまでも、礼・楽・儒学を極めた人物と言うことだな。
知謀の高さはこの辺りの学問を究めていることが関係していそうですね。
楽に関しては、詩文もそうだがただ形式を知っているだけではだめだからな。それが知謀の評価にも繋がっているのであろうな。
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簡単解説
こうやって見ると、許奇(恐らく兄)は祖父の許拠に近く、許猛(恐らく弟)は父の許允に近い感じですね。
どちらも優秀ではあるが、うまく住み分けで来ている感じだな。
この許奇と許猛、二人とも更に子供がおり、彼らもかなり優秀だったようなんじゃが、さすがに、年代が後過ぎる(恐らく250年以降の生まれ)、と言うことで今回紹介する人物からは除外したんじゃよ。
さて、それではこの辺りで許猛の紹介は終了じゃな。
ふむ、それでは自分も帰るとするか。また次もよろしく頼む。
張郃さん、今日はお疲れさまでした。次もまたよろしくお願いしますね。