三国志に釣られクマー

三国志に釣られクマー

三国志好きの三国志好きによる三国志好きのための何か

董卓

董卓(とうたく) 字:仲穎(?~192)その5

さて、今回紹介するのは董卓の紹介五回目、恐らく今回で最後じゃな。今回は他の董卓のエピソードと、能力評価を行うとしようかのう。

董卓(とうたく) 字:仲穎(?~192)その4

さて、今回は董卓の紹介、4回目じゃな。今回は董卓の失敗談を中心に見ていくとしようかのう。うまく行けば能力評価までやろうかのう

董卓(とうたく) 字:仲穎(?~192)その3

さて、今回は董卓の紹介、3回目じゃな。今回も前回の続きで董卓の意外な側面を追いかけてみようかのう。

董卓(とうたく) 字:仲穎(?~192)その1

さて、今回紹介する人物は董卓じゃな。字は仲穎、生年は不明じゃが没年は192年じゃな。後漢を破壊した、と言われ後世の評判も散々な董卓じゃが、実像は如何じゃったのかのう。

魯馗(ろき) 字:不明(?~192)

さて、今回紹介する人物は魯馗じゃな。字や生年は不明。じゃが没年は192年と分かっておる。彼もまた王允と一緒に行動しておった人物なんじゃな。その最後も既に紹介しておる何人かと同じ、と言うことじゃな。

呂布(りょふ) 字:奉先(?~198)その6

さて、今回紹介するのは呂布の紹介、これで最後じゃな。今回は呂布の最後と、能力評価を行うとしようかのう。

呂布(りょふ) 字:奉先(?~198)その4

さて、呂布の紹介その4じゃが、どうやら関東の方で地震があったようじゃのう。みんな大丈夫かのう。気を付けてくだされ。

呂布(りょふ) 字:奉先(?~198)その3

さて、今回は呂布の紹介、3回目じゃな。今回は呂布の他の武勇伝、そして曹操以外との敗戦について、紹介をしていこうかのう。

呂布(りょふ) 字:奉先(?~198)その2

さて、今回は呂布の紹介、2回目じゃな。今回は呂布がなぜ曹操に勝てなかったのか。その辺りを追いかけて行ってみようかのう。

呂布(りょふ) 字:奉先(?~198)その1

さて、今回紹介する人物は呂布じゃな。字は奉先、生年は不明じゃが没年は198年とはっきりしておる。よく最強の代名詞として扱われる呂布じゃが、彼は本当に強かったのかのう。

李粛(りしゅく) 字:不明(?~192)

さて、今回紹介するのは李粛じゃな。字や生年は不明、没年は192年じゃな。彼は演義でも比較的出番の多い人物ではなかろうか。

楊密(ようみつ) 字:不明(?~?)

さて、今回紹介する人物は楊密じゃな。楊彪と同じ楊姓ではあるが血縁関係は不明じゃな。字や生没年も不明じゃ。それでは彼について見ていくとしよう。

楊彪(ようひょう) 字:文先(142~225)その3

さて、今回紹介するのは楊彪の紹介3回目じゃな。今回は楊彪の晩年の出来事と、能力評価を行うとしようかのう。

楊彪(ようひょう) 字:文先(142~225)その2

さて、楊彪の紹介二回目じゃな。ここからは董卓との軋轢があった後からの紹介じゃな。誰が相手でも楊彪は臆する風を見せない。彼の後半生を見るとしようかの。

楊彪(ようひょう) 字:文先(142~225)その1

さて、今回紹介する人物は楊彪じゃな。字は文先、生没年は142~225年と結構長生きした人物じゃ、家は袁家同様代々三公を務めた名門で、楊彪自身も三公にのぼった、非常に優秀な人物なんじゃよ。

閔貢(びんこう) 字:不明(?~?)

さて、今回紹介する人物は閔貢じゃな。字や生没年は不明じゃ。彼はある一つの出来事により名を残したと言えるじゃろうな。

鄭泰(ていたい) 字:公業(152~192?)その2

さて、今回は鄭泰の紹介2回目じゃな。徴兵しようとする董卓に反論し、董卓が不機嫌になると言う、一歩間違えれば命を落としかねない危機的状況に陥った訳じゃ。それでは鄭泰について見ていくとしようかのう。

周奐(しゅうかん) 字:不明(?~192)

さて、今回紹介する人物は周奐じゃな。字や生年は不明。じゃが没年は192年と分かっておる。王允と一緒に行動して、と言うことはもう状況はお分かりであろうかのう。

徐栄(じょえい) 字:不明(?~192)

さて、今回紹介するのは徐栄じゃな。字や生年は不明じゃが、没年は192年じゃな。一部の人は知っておるが、三国志上でもたぶん誰もやっていないことを成し遂げた人物なんじゃよ。

士孫瑞(しそんずい) 字:君栄(129~195)

さて、今回紹介する人物は士孫瑞じゃな。字は君栄、生年は129年、没年は195年と曹操や孫堅、劉備達よりも世代が一つ上の人物じゃな。彼も目立たないが学者の家柄として、結構重要な人物だったんじゃ。

崔烈(さいれつ) 字:威考(?~192)

さて、今回紹介する人物は崔烈じゃな。銅臭で有名な人物であり、諸葛亮の友人、崔州平の父親でもある人物じゃ。字は威考、生年は不明、没年は192年じゃ。

黄琬(こうえん) 字:子琰(141~192)

さて、今回紹介するのは黄琬じゃな。字は子琰、生年は141年、没年は192年じゃな。江夏郡安陸の人じゃな。董卓暗殺に協力し、最後は李傕たちに殺害された人物じゃよ。

皇甫嵩(こうほすう) 字:義真(?~195)その3

さて、いよいよ、皇甫嵩の紹介、三回目じゃな。なんだかんだで長くなったのう。今回から、いよいよあの、魔王との関わりとなるんじゃ。今回で終わりとなるかのう。

皇甫嵩(こうほすう) 字:義真(?~195)その1

さて、今回紹介する人物は皇甫嵩じゃな。字は義真、三国志演義じゃと最初の方にちょっとしか出ておらんから印象が薄い人もいるかもしれんが、後漢を代表する名将の一人じゃな。今回は少しボリュームがあることから、2回ぐらいに分けるかのう。

呉脩(ごしゅう) 字:不明(?~?)

さて、今回紹介する人物は呉脩じゃな。字や生没年は不明、三国志全人名事典では没年が呉脩の場合190年となっておるが、同時期に殺害された人物の没年が不明となっておることから、正しいのかなんとも言えんのじゃよ。

王頎(おうき) 字:不明(?~192)

さて、今回紹介するのは王頎じゃな。字や青年は不明じゃが、没年は192年で、王允と同様李傕達に殺害されるんじゃ。じゃが彼は王允の一族とは少し違うようじゃな。

王淩(おうりょう) 字:彦雲(172~251)その2

さて、今回は王淩の紹介二回目じゃな。前半は多少上下動あったが王淩の光の部分の紹介だったんじゃな。じゃがここからは闇の部分の紹介じゃな。

王晨(おうしん) 字:不明(?~?)

さて、今回紹介する人物は王晨じゃな。王允の兄の子に当たる人物じゃ。彼も王一族の一員として長安にいたんじゃよ。彼は王允と共に処刑されたのか、どんな運命をたどったのか見てみるとしようかのう。

王允(おういん) 字:子師(137~192)その2

さて、王允の紹介2回目じゃな。いよいよ王允の後半、董卓の下での活動を見ていこうかのう。それと一回目の最後じゃが、何進殿に辟召された話を追加したぞい。ちと2回目の分量が多くなりそうだったので移したんじゃ。

攴胡赤児(ほくこせきじ) 字:不明(?~?)

さて、今回紹介するのは攴胡赤児じゃな。彼も一度出ている人物じゃのう。名前から見るに異民族出身の人物ではなかろうか。字や生没年は不明じゃ。