さて、今回は夏侯楙の紹介じゃな。夏侯惇の次男であり、演義にも出てくるので名前を知っている人物も多いのであなかろうか。さて、史実の彼はどんな人物かのう。
さて、今回は夏侯楙の紹介じゃな。夏侯惇の次男であり演義ではかなり酷評されておる人物じゃな。
どうも張郃だ。彼は悪い人物ではなかったのだが、武略は確かになかったな。
演義だとだいぶダメな書かれ方していましたが、武略がないと言うことは史書でもあまり変わらないのでしょうか。
そうだな。いろいろといわれがあって、長安に駐屯していたが、結局召喚されてしまったからな。
その辺りについてはぼちぼち言及していくとしようかのう。まずは能力評価じゃな。
能力評価
さて、それでは各項目について見ていくとしようかのう。
軍事・統率・知謀
蜀志『魏延伝』の裴松之注『魏略』によると、夏侯楙が安西将軍として長安の鎮守に当たっていた時、諸葛亮が南鄭において部下たちと戦略を議していた時、魏延が次のように言ったんじゃ。
「聞けば夏侯楙は年若であり、曹操の婿であって、臆病で策のない男とのこと。今、私に精兵五千と携帯食料五千石をお貸しくだされば、まっすぐに褒中を通って出、秦嶺山にそうて東方に向かい、子午谷にぶつかったところで北方へ向かったならば、10日と経たない内に長安に到達できましょう。
夏侯楙は私魏延が突然来襲したと聞けば、必ず船に乗って逃走するでありましょう。
~以下略」
諸葛亮はこれを却下するんじゃが、夏侯楙の武略のなさはこのように蜀にも伝わっておったようなんじゃよ。
魏延は漢中におり、魏側の情報も最前線で仕入れていたであろうからな。奇襲をかけると言う点において、面白い策だな。まあこの辺りから軍事面の能力が低いのは致し方ないか。
政治
そんな夏侯楙であるが、曹操の娘婿となったこと、金もうけに才があったらしきこと、そして、礼にうるさく、弟たちの礼を踏みはずした振る舞いに対して厳しく叱責をしていたことなどから、儀礼的な知識などは持ち合わせておったようにも思うのじゃ。
金儲けの件も含めて政治的な才と評価してみたんじゃよ。
高い訳ではありませんが、一定の才能は持っていた、と言う感じですね。
武略はないが金儲けが得意、と言う辺りを反映させた能力、と言うことだな。
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簡単解説
三国志14の評価はかなりひどいですね。劉禅でも確か魅力はそこそこじゃなかったでしたっけ。
劉禅は魅力68だからだいぶましな値だな。まあ他の能力が酷いがな。
他は魅力がそこそこだったり、まだ使いどころはありそうですね。
そうだな、結構金儲けと言うのを見ると頭から否定する傾向があるが、それはそれで一つの才能だからな。
公孫瓚の所にも商人とかいたからのう。他にも劉備を支援した商人とかを否定をしないのであれば、これはこれで評価すべきじゃと思うんじゃよな。さて、そんなところで夏侯楙の紹介は終わりじゃな。
よし、それでは俺も帰るとするか。
張郃さん、今日はお疲れさまでした。次もまたよろしくお願いしますね。