さて、今回劉琮の紹介3回目じゃな。今回は劉琮が曹操に降伏して以降の動きや曹操が彼について語っている点について見ていくとしようかのう。
案内人
くまの爺・・・三国志好きのタダの爺さん、もちろん某く〇モンとは何も関係ない(それ以上はいけない)。三国志好きが高じて史書に載っているほぼ全ての武将のDB化をしてやろうと大それたことをもくろむ。終わりの目途は・・・全く立っていない。
弟子・・・師匠の無茶な道楽に付き合わされる可哀そうな弟子。最近は張郃とのやり取りが多いせいか、無駄なツッコみは減っている模様。実は弟子と書いて「ていこ」と言う名前だったりする(師匠は最近思い出したようだ)。
張郃・・・くまの爺が一番好きな武将とお話ししたい、と謎の技術で召喚された可哀そうな人物。もっとも本人は現代生活を結構楽しんでいるよう。無理やり召喚されたためか、くまの爺の持ってる範囲の記憶しか残っておらず、ちょっと残念。
四方山話
さて、今回は劉琮が曹操に降伏してからの動きじゃな。演義では于禁に殺害されるが、史実は違うから要注意じゃな。
演義だと于禁、曹操の酷薄さを際立たせ、それにころっと騙される劉琮と言う図式ですものね。
ここまで分かり易い悪人像を描かれると曹丞相も怒る前にあきれてしまいそうだな。こんなありきたりの人物像でなく、もう少し深く掘り下げられんのか、と。
確かに演義の曹操は分かり易い小悪党、と言う書き方にされている感じじゃからのう。
人物紹介
曹操の命令書
劉琮が降伏して後、曹操は劉琮に関する命令書を出しているんじゃよ。
「楚(荊州)は長江・漢江(漢水)と言う自然の要害があり、服従するのは最後、強くな(って反抗す)るのは最初であって、戦国時代には秦と覇権を争った国、荊州はその故地である。鎮南将軍劉表は長い間、この地の民衆を支配してきた。
亡くなった後、子供たちはにらみ合いを続け、とうとう荊州全部を保っていくことができなくなったとは言え、なお(一部を保持して)延命していくことは可能であった。(ところが)青州刺史劉琮は、気高い心と清潔な志を持ち、知恵は深く思慮は広大、栄達を軽視して信義を重視し、利害を無視して特性を重んじ、万里にわたる領域の支配権に執着しなかった。」(『劉表伝』裴注『魏武故事』)
こちらは持ち上げすぎなぐらい劉琮のことを持ち上げていますね。
まあ実際、劉琮殿が降伏したおかげで、戦争による災禍は免れた訳だ。難しい判断だったのも確かで、できることなら無駄な血は流したくないからな。丞相も嬉しかったのであろう。
そもそも過剰に褒めるのは丞相の専売特許だからな。
ある意味では自分に噓をつかない方、と言えますよね。
感情豊かな人物だからな。わざわざそれを隠すこともしない、と言うことだろう。さて、この命令書にはさらに続きがある。そちらも見ていくとしよう。
「~中略~
列侯として一州の刺史の位を与えてもまだ、その人柄には不充分な待遇ではないかと惜しまれるが、近頃文書を寄越し、(青州に)帰任したいと言ってきている。
刺史の位は高いが、秩禄はそうでもない。(そこで)今意志通りにすることを許し、(更に)劉琮を諌議大夫・参同軍事に任命する。」(『劉表伝』裴注『魏武故事』)
劉琮殿の希望を認め、更に俸給を上げようとしている感じであろうか。
何だかんだ劉琮のことを評価していることになるのでしょうか。
劉琮殿も名門の一族だから、その辺りも鑑みての判断もあるとは思うがな。
矛盾する記述
さて、そんな曹操だが、全く違った記録も残っておる。今度はそちらを見てみるとしよう。
(曹操が濡須まで軍を進めた際)曹公は、孫権の艦船や武器や隊伍が少しの乱れもなく整っているのを見て、ため息をついて言った。
「息子を持つなら孫仲謀(孫権)のようなものが欲しいものだ。劉景升(劉表)の息子たちなんぞは豚や犬も同様だ。」(『呉主伝』裴注『呉歴』)
こちらは先ほどまでとは180度違う、ひどいことを言っていますね。
まあ、これについては『呉歴』と言う呉のための歴史書に書かれている記述だからな。基本孫呉を持ち上げる内容になるので、信ぴょう性は微妙だな。
実際、この記述を見ると曹操側は公孫陽と言う人物を捕虜とし、董襲と言う武将も嵐により船が沈没し命運を共にする等呉の方に被害が出ていることが見受けられるんじゃ。
しかし呉歴はその辺りは一切記述せずに孫権が曹操を翻弄し、それに曹操が上のような発言をした、とされるんじゃ。魏側の将官の被害は不明なんじゃがな。
まあ孫権の戦下手を考慮すると、かなり盛った内容なんじゃなかろうか。
そう考えると、最後の評は眉唾物ではないか、とワシは思うんじゃよ。
国を失った、と言う点で劉琮の評価はどうしても低く見られがちじゃが、玉砕の美学なんぞくそくらえじゃからな。荊州を大戦乱に巻き込まなかった劉琮をもっと評価しても、良いんではないか、そう思うんじゃよ。
さて、そんなところで劉琮の紹介は終わりじゃな。ちなみに劉表の一族はまだもう少しだけ続くんじゃよ。
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