さて、今回紹介するのは郭成と言う人物じゃ。彼は郭皇后の弟であったのだが、どうやら若くして亡くなっでしまったようだな。それでは郭皇后の弟、郭成について見ていくこととしようかのう。
案内人
くまの爺・・・三国志好きのタダの爺さん、もちろん某く〇モンとは何も関係ない(それ以上はいけない)。三国志好きが高じて史書に載っているほぼ全ての武将のDB化をしてやろうと大それたことをもくろむ。終わりの目途は・・・全く立っていない。
弟子・・・師匠の無茶な道楽に付き合わされる可哀そうな弟子。最近は張郃とのやり取りが多いせいか、無駄なツッコみは減っている模様。実は弟子と書いて「ていこ」と言う名前だったりする(師匠は最近思い出したようだ)。
張郃・・・くまの爺が一番好きな武将とお話ししたい、と謎の技術で召喚された可哀そうな人物。もっとも本人は現代生活を結構楽しんでいるよう。無理やり召喚されたためか、くまの爺の持ってる範囲の記憶しか残っておらず、ちょっと残念。
四方山話
さて、今回は郭成と言う人物の紹介じゃな。上でも書いているが、彼は郭皇后の弟の一人なんじゃよ。
一人、と言うことは他にも弟がいたと言うことですよね。
郭皇后の弟は二人いるな。郭成は末っ子で、郭皇后と郭成の間にもう一人弟がいる。それと郭皇后には兄と姉がいる。他の兄弟についてもいずれ紹介するであろう。
さて、記録は少なそうじゃが、さっそく郭成について見ていくこととしようかのう。
能力評価
さて、それでは各項目について見ていくとしようかのう。
軍事・統率・知謀・政治
郭成の記録も郭皇后のところ以外には記録がないようじゃな。
郭后の(下の)弟は成と言った。(『文徳郭皇后紀』裴注『魏書』)
郭后は早く兄弟を失っていた。(『文徳郭皇后紀』)
青龍四年(236年)、故郭成に新楽亭定侯を追贈し、使者を遣わし、策命を奉じ、太牢の犠牲を捧げて祭祀を行わせた。(『文徳郭皇后紀』)
大体の意味は分かるのですが、『策命』と『太牢』はどんな意味があるのでしょうか。
『策命』は皇帝の命令文書、『太牢』は牛のことだな。祭祀を行うにあたり、牛を神にささげた、と言うことだな。
↓ バナーをクリックしてくれるとうれしいぞい
簡単解説
郭成はどちらかと言えば郭永に近いタイプですね。ですがさらに小粒な評価です。
若くして亡くなった、とあるからこればかりは致し方なかろうな。
更に言うと、もう一つ評価しづらい事情もあるからのう。それが何かは郭皇后のもう一人の弟を紹介する時に説明するぞい。
さて、郭成の紹介はここまでじゃな。次はまた別の人物を紹介するぞい。
よし、それでは自分も帰ることとしよう。
張郃さんお疲れさまでした。次もまたよろしくお願いしますね。