三国志に釣られクマー

三国志に釣られクマー

三国志好きの三国志好きによる三国志好きのための何か

高覧(こうらん) 字:不明(?~?)

むむむ、今回紹介する人物は高覧じゃのう。演義では大活躍した高覧であるが、これが史書を読むと印象が大きく違うんじゃよ。このような演義と正史で描かれ方が大きく違う武将の評価は結構難しいんじゃよ。

 

目次

案内人 

くまの爺・・・三国志好きのタダの爺さん、もちろん某く〇モンとは何も関係ない(それ以上はいけない)。三国志好きが高じて史書に載っているほぼ全ての武将のDB化をしてやろうと大それたことをもくろむ。終わりの目途は・・・全く立っていない。

弟子・・・師匠の無茶な道楽に付き合わされる可哀そうな弟子。最近は張郃とのやり取りが多いせいか、無駄なツッコみは減っている模様。実は弟子と書いて「ていこ」と言う名前だったりする(師匠は最近思い出したようだ)。

張郃・・・くまの爺が一番好きな武将とお話ししたい、と謎の技術で召喚された可哀そうな人物。もっとも本人は現代生活を結構楽しんでいるよう。無理やり召喚されたためか、くまの爺の持ってる範囲の記憶しか残っておらず、ちょっと残念。 

四方山話 

さて、今回は高覧の紹介じゃな。

演義では確かに大活躍していましたよね。正史では全然違うのですか?

知らん、召喚されたオレの記憶はお主の師匠の記憶に準拠しているから、史書に書いてあること以上の記憶はないのだ。 

まあ史書の記述、そして評価はちょっと印象と違うじゃろうな。それでは早速高覧について見ていくこととしようかのう。

能力評価 

爺評価(Max.200)
   軍事   統率   知謀   政治 
 高覧(20歳)  85 65 35 45
 ↓ ↓ ↓  ↓↓
 高覧(45歳)  117 95 62 73

 

さて、それでは各項目について見ていくとしようかのう。

軍事・統率・知謀・政治

高覧の記録は複数にまたがっているんじゃが、内容はほぼ同じなんじゃよ。

曹操が烏巣の淳于瓊を攻撃した際)袁紹は最初公(曹操)の淳于瓊攻撃の報に接した時、長子の袁譚に対して言った。

「たといやつらが淳于瓊らを攻撃しても、我が軍がヤツの陣営を攻め落とせば、ヤツは帰るところがなくなる。」

そこで張郃と高覧に曹洪を攻撃させたが、張郃らは淳于瓊が敗れたと聞くと、そのまま降伏してきた。(『武帝紀』)

あ、あれ、これだけ・・・ですか?

袁紹伝』や自分の伝のところにも出てくるが、基本は丞相に降伏したことしか書かれていないな。

確か演義ですと許褚とも一騎打ちしていましたし、豫州で後方攪乱をしていた劉備討伐などでも活躍してたんですよね・・・。

高覧殿の場合、演義の方が扱いが良い、蜀以外の武将としては珍しい事例だな。この辺りをAIに聞くのかな。

 

『Copilot』の情報

張郃殿の言う通り、今回は「高覧は正史と演義でどれぐらい評価が違うか」を聞いてみようと思うんじゃよ。

『Copilot』の回答

高覧は「演義では勇将として大幅に格上げ」「正史ではほぼ無名に近い脇役」というレベルで、評価に“劇的な差”があります。
正史は一エピソードのみ、演義張郃と並ぶ袁紹軍の主力級として描かれ、武勇・存在感ともに別人級です。[1][2]


🧭 全体像:正史と演義の高覧はどれほど違う?

観点

正史の高覧

演義の高覧

差の大きさ

登場量

官渡の戦いの一場面のみ

官渡〜倉亭〜汝南まで長期活躍

★★★★★

武勇描写

特に強さの描写なし

許褚と互角の一騎討ちなど“猛将級”

★★★★★

地位・扱い

張郃と共に降伏するだけ

袁紹軍の「二枚看板」勇将

★★★★★

その後の活躍

記録なし

曹操軍で先鋒を務め、劉備を追い詰める

★★★★★

最期

不明

趙雲に突き落とされ生死不明

★★★☆☆


📘 正史の高覧(史実)

正史『三国志』では高覧の記述は官渡の戦いの一件のみです。

  • 張郃とともに曹操本陣を攻撃

  • 失敗して曹洪に敗れ、張郃とともに降伏

  • 以後の記録は一切なし [1]

つまり、地味な脇役で、武勇・功績の評価はほぼゼロです。


📕 演義の高覧(物語)

三国志演義』では、正史とは別人級の扱いになります。

  • 顔良文醜亡き後の袁紹軍で張郃と並ぶ二枚看板の勇将

  • 許褚と互角に戦う(=超一流武将扱い)

  • 曹操に降伏後も先鋒として活躍

  • 倉亭の戦いで功績

  • 劉備を自害寸前まで追い詰める

  • 最後は趙雲に突き落とされ退場 [2]

演義では武勇・存在感ともに中堅上位〜一流クラスに格上げされています。


🎯 結論:能力差は「別キャラ級」

  • 正史:ほぼ無名の一武将

  • 演義袁紹軍の主力級猛将

この差は、演義の中でも特に極端な“脚色の成功例”と言えます。
張郃が正史でも大活躍するのに対し、高覧は演義でのみ光る存在になっています。

 

[1] 高覧 - Wikipedia

[2] 高覧 こうらん 魏伝 | 三国志.jp 三国志総合情報サイト

     

    こうやって見比べると、演義は極端に優遇されているな。

    劉備をあわやと言う状況にまで追いつめているのですから、袁紹軍で張郃と並ぶ勇将に恥じない活躍ですね。

    惜しむらくはこれが小説にて創作された逸話と言うことだな。

     

    三国志14(Max.100)
       統率   武力   知力   政治   魅力 
     高覧  76 82 68 55 62

     

    天舞~三国志正史~(Max.16)
       武勇   采配   策謀   政治   外交   人徳 
     高覧  7 6 5 2 3 7

     

    鄭問三國志(Max.30)
       武勇   統率   知謀   政治   健康 
     高覧  16 14 8 5 15

     

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    簡単解説

    三国志14はかなり評価高いですね。他の作品はどちらかと言えば師匠の評価に近いですね。

    それでも演義の印象を払拭できないのか、全て軍事能力が高くなっているな。  

    まあ、いくらフラットな目線で見ようと思っても、記録がなければ頼るのは演義のイメージになってしまうからのう。それと袁紹麾下で将軍だったことから軍事はふつうに高めと評価して良いと思うんじゃよ。

    さて、そんなところで高覧の紹介は終わりじゃな。

    ふむ、それでは自分も帰るとするか。また次もよろしく頼む。  

    張郃さん、今日はお疲れさまでした。次もまたよろしくお願いしますね。