さて、今回紹介する人物は田景じゃな。字と生年は不明。没年は192年じゃな。彼も先の宣璠同様、ほぼ実績が残っておらんのじゃよ。
さて、今回紹介する人物は田景と言う人物じゃな。
どうも、張郃だ。田景は当時ちょっと有名になった人物だな。
彼も宣璠同様、演義には出てこない、まあ出てこれない理由があったからのう。
何でしょうか、微妙に気になるもの言いですね。
まあそれは見ていけば分かることじゃ、それでは早速、田景の紹介と行こうかの。
人物紹介
さて、田景じゃが、彼の名前が出てくるのも宣璠同様に一ヶ所じゃな。じゃが彼は『董卓伝』のところに出てくるようじゃな。
『董卓伝』によると、董卓が呂布等によって暗殺された時のことじゃ。董卓殺害の状況は李粛の紹介のところに詳細が載っているのでそちらを見ていただくと良いぞい。
こうして董卓を殺害した後、呂布達は三族を皆殺しにしたんじゃ。
こうした最中に事件が起きる。何と主簿の田景が董卓の死を悼み、屍に走り寄ったんじゃよ。当然この行為が許されるはずもなく、田景は呂布に殺害されるんじゃな。じゃが他に二人同じことをやったようで合計三人が呂布に殺害されたところで、その他の者は、思い切って行動を起こそうとしなかった、とあるんじゃ。
対象が董卓であっても死を悼む人物は当たり前のようにいた、が歴史的には董卓は大悪人でなければならずそう言う人物が多くいた、と言う事実は都合が悪いであろうからな。ここではさらっと書くしかないのだろうな。
当然演義ではそう言う人物がいること自体、物語の構成上都合が悪いから、そのようなことがあったこと自体抹消される内容になるじゃろうな。だから田景が歴史に名を残すこと自体、不可能な話であった、と言うことじゃろうな。
さて、田景の紹介はここまでじゃな。続けて能力評価と行こうかの。今回もワシのみの評価じゃな。
能力評価
田景は主簿と言う立場であったことから政治を高め、また恐らくやれば己の命がないであろうことを承知で董卓の屍に駆け寄った義士、個人的には非常に魅力的な人物と言うことで統率を高めとしたんじゃ。
ただ役職が分かっていること以外、他に実績がないことから、全体的な評価は抑え目とさせてもらったんじゃよ。
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雑談ぢゃ
さて、田景の能力評価じゃな。
彼も主簿としての肩書だけだから、こちらも宣璠同様、そこまで高い評価はできないのだな。
資料がないのが残念ですね。とは言え董卓シンパのような人物の記録は歴史から抹消するしかないでしょうからね。
そうじゃな。本当はこういう人物こそ記録に残して欲しいところじゃがのう。
曹丞相は王脩とか同じことをやった人物を許しているし、彼らは後に立伝されるぐらいの実績を残した。こう言うのは紙一重だな。
そうじゃな、まあ統率と政治が高いことから使い所は幾らでもあるじゃろうな。さて、今回はここまでじゃな。良ければ次もまたご覧くだされ。
よし、それでは俺も帰るぞ、次もよろしく頼む。
張郃さん、お疲れさまでした。次もよろしくお願いします。他の人物に興味ある方は、下の索引からご覧くださいね。