さて、今回紹介するのは張翔じゃな。彼は鉅鹿郡の出身者なのじゃが、許靖を従わせようとしたんじゃ。さて、その結果はどうなったのであろうか。早速張翔について見ていくこととしようかのう。
案内人
くまの爺・・・三国志好きのタダの爺さん、もちろん某く〇モンとは何も関係ない(それ以上はいけない)。三国志好きが高じて史書に載っているほぼ全ての武将のDB化をしてやろうと大それたことをもくろむ。終わりの目途は・・・全く立っていない。
弟子・・・師匠の無茶な道楽に付き合わされる可哀そうな弟子。最近は張郃とのやり取りが多いせいか、無駄なツッコみは減っている模様。実は弟子と書いて「ていこ」と言う名前だったりする(師匠は最近思い出したようだ)。
張郃・・・くまの爺が一番好きな武将とお話ししたい、と謎の技術で召喚された可哀そうな人物。もっとも本人は現代生活を結構楽しんでいるよう。無理やり召喚されたためか、くまの爺の持ってる範囲の記憶しか残っておらず、ちょっと残念。
四方山話
さて、今回紹介するのは張翔じゃな。上でも書いてある通り彼は鉅鹿郡の人間なんじゃよ。
許靖って確か劉備が成都(劉璋の本拠地)を攻めようとした際に、逃げ出そうとしてあきれられた人物ですよね。
その辺りは史実も同じであるな。
うーん、なんかとってもダメな人間のように思うのですが・・・。
ふむ、一面を見ればそうであろうが、彼は彼で優れた人物鑑定眼の持ち主で、ただの臆病者と言うだけでもない。。
それではこの許靖と張翔との関係を見ていくこととしようかのう。
能力評価
各能力の定義
まずは能力を見ていくにあたって、各項目の基準等についてのまとめじゃな。
| 評価項目 | 評価基準・反映内容 |
|---|---|
軍事 |
①評価基準: ②反映内容: |
統率 |
①評価基準: ②反映内容: |
知謀 |
①評価基準: ②反映内容: |
政治 |
①評価基準: ②反映内容: |
能力値の上限と基準
評価はMAX200で行っているんじゃよ。
100をひとつの基準とし、**三桁に入れば「有能」**と見なす感じじゃな。
-
010〜049:不得手(適性が低い)
-
050〜099:標準(状況維持が可能)
-
100〜119:有能(状況の改善期待)
-
120〜139:優秀(該当分野で実績)
-
140〜159:一流(立伝級の人物)
-
160〜179:傑出(三国志上で突出)
-
180〜200:伝説級(歴史上の英雄)
三国志は個性の強い人物が多い時代のため、ここでは上限を200にし、100以上を有能とすることで「上位層の幅」を広げ、人物ごとの個性を細かく表現しているんじゃよ。
さて、それでは各項目について見ていくとしようかのう。
軍事・統率・知謀・政治
張翔の記録は『許靖伝』のところに出てくるんじゃよ。
張翔は字を元鳳と言った。(『許靖伝』裴注『万機論』)
鉅鹿郡の張翔は、王命を承って交部(交州の士燮の下へ)に使者としてやってきて、権力に任せて許靖を招き、無理矢理忠誠を誓わせようとしたが、許靖は拒否して許さなかった。(『許靖伝』)
何だか、イメージする許靖と違いますね?
ふむ、成都での出来事を考えれば、こういう脅しには簡単に屈服しそう、と思ったか。
そうですね、そう言うイメージがあったので意外に感じました。
皆がこう言うから、こういった評判だから、と言う一面的な見方をしてはいけない良い例だな。ちなみにこの後、許靖殿は交州での苦境から脱するため、曹丞相に手紙を送っているが、そこに張翔が絡んでくるのだ。
張翔は許靖の拒絶を根に持って、許靖が出した手紙を捜査し、それらを全て川の中へ投げ込んでしまった。(『許靖伝』)
恐らく自身にとって都合が悪いことが書かれていないか、気になったのであろう、がやることが少々大人げないな。
なるほど、統率(魅力)が低いのはその辺りが影響していそうですね。
ただ、王命を承って交部へ来ていることから、外交官としての才能は一定以上あったのであろう。知謀と政治がやや高いのもその辺りを考慮してのことだな。
『Copilot』の情報
さて、今回の質問じゃが「張翔はどのような王命を承っていたのか、訪問時期と周辺情勢から予測してもらえますか」じゃな。
んー、本来は許靖を中央に呼び戻したかったんですかね?
後は南方の情報集めと士燮への忠誠の確認か。大体妥当なところではないかな。特にこの時期は戦乱であちこち途絶してしまい、中央が情報の管理ができなくなっていた時期だからな。
本来なら後漢王朝に帰属させるところが、何故か歪んで自身への忠誠を誓わせようと言う形になった、と言うことですか。
許靖殿ほどの名声ならば及ぼす影響も大きいからな。魔が差したと言うところだろうか。詳しいことまではわからんがな。
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簡単解説
それにしてもそんなに情報が伝わらない、ひどい状況だったのですか。
その辺りは許靖が曹丞相へ送った書簡に詳しく書いてある。もっとも張翔が河へ捨てたと言うならその情報が残っていると言うのも奇妙な話だがな。
全てを捨てた訳ではなく、一部は丞相の下へ届いた、とかかもしれんのう。
さて、張翔についてはここまでじゃな。
よし、自分も帰ることとしよう。次もまたよろしくな。
張郃さんお疲れさまでした。次もまたよろしくお願いしますね。