さて、今回は劉瓚の紹介じゃな。劉禅の第4子に当たる人物で、蜀滅亡後は劉禅と行動を共にした人物じゃな。
さて、今回は劉瓚の紹介じゃな。一応演義でも名前は出てきておるな。
どうも、張郃だ。彼も名前以外はほとんど実績のない人物だな。
劉禅の第4子と言うことは250年あたりでも、まだかなり年が若いんじゃないですか。
256年に新平王に立てられていることから、この辺りで成人した、と言うことであろうか。
逆算していくと235年あたりの生まれと言うことになるじゃろうか。それでは劉瓚について見ていくとしようかのう。
能力評価
さて、それでは各項目ごとに評価を見ていくとしようかのう。
軍事・統率・知謀・政治
彼に関しては蜀志『後主伝』に256年に新平王に立てられたことと、『劉璿伝』の裴松之注『蜀世譜』によると生き残った劉禅と息子たちは皆洛陽に移住した、とあるぐらいなんじゃよ。
それ以外に全然逸話がないことから、全体的に抑えめな評価と言うことだな。
統率が軍事より高いのはおじいさんの劉備の能力を反映させているように思えますね。
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簡単解説
劉瓚も他の作品に一つも出ていないのですね。
ゲームとかだと235年あたり生まれの人物は、出てくるのがすごい遅くなるからな。余程の人物でない限りは出す必要性が薄いとなるのであろう。
それぐらいの生まれで有名な人物ですか。
具体的には司馬炎とかだな、晋の初代皇帝にして司馬懿の孫に当たる人物だな。
確かに司馬炎クラスであれば十分出てくる余地が十分あるじゃろうがのう。さて、そんなところで劉瓚の紹介はここまでじゃな。次もまたよろしく頼むぞい。
よし、それでは俺も帰るとするか。次もよろしく頼む。
張郃さん、お疲れさまでした。次もまたよろしくお願いしますね。