さて、今回は曹皚の紹介じゃな。多分名前を見てもだれか分からない、と言う人は結構いるように思うんじゃが、没年が249年を見て誰か気が付く方もおるかもしれんのう。
案内人
くまの爺・・・三国志好きのタダの爺さん、もちろん某く〇モンとは何も関係ない(それ以上はいけない)。三国志好きが高じて史書に載っているほぼ全ての武将のDB化をしてやろうと大それたことをもくろむ。終わりの目途は・・・全く立っていない。
弟子・・・師匠の無茶な道楽に付き合わされる可哀そうな弟子。最近は張郃とのやり取りが多いせいか、無駄なツッコみは減っている模様。実は弟子と書いて「ていこ」と言う名前だったりする(師匠は当然忘れている)。
張郃・・・くまの爺が一番好きな武将とお話ししたい、と謎の技術で召喚された可哀そうな人物。もっとも本人は現代生活を結構楽しんでいるよう。無理やり召喚されたためか、くまの爺の持ってる範囲の記憶しか残っておらず、ちょっと残念。
四方山話
さて、今回は曹皚の紹介じゃな。な。さて、弟子よ彼はどの一族の子弟か想像つくかな?
249年と言えば司馬懿によるクーデターの年ですよね、と言うことは曹爽一族の誰か、と言うことではありませんか。
ほう、やるではないか、正解だな。弟子は順調に吸収しているようだな。
確かにここですっと曹爽一族と言い当てるとは大したものじゃ。いう通り、曹皚は曹爽の一番下の弟に当たる人物じゃな。
記録はほとんど残っていないのだな。
そうじゃな、ここはさっくり見ていくとしようかのう。
能力評価
さて、それでは各項目について見ていくとしようかのう。
軍事・統率・知謀・政治
魏志『曹真伝』を見ると、曹真が亡くなると、曹叡は曹真の功績を思い出し、詔勅を下して曹真の息子たちを列侯に取り立てたんじゃよ曹皚に関する記録はこれぐらいじゃな。
本当にほとんど何も記録に残っていないのですね。
全体的に抑えめの評価だが、その中でも軍事が低いのは司馬懿に対して抵抗も示さず、結局、そのまま処刑されてしまったからかな。
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簡単解説
実際のところ、クーデターの時に抵抗して、司馬懿たちに対抗できたのでしょうか。
どうかな、やりようはあったと思う、何にしても皇帝と大后をうまく取り込めれば何とかなったはずだ。
確か皇帝は曹爽達と行動を共にしていたのですよね。
そうなんじゃよ、一番重要な手駒を持っていたことから、逆転の芽はあったとおもうんじゃがな。さて、今回はここまでじゃな。良ければ次もまたよろしく頼むぞい。
よし、それでは俺も帰るとするか。
張郃さん、今日はお疲れさまでした。次もまたよろしくお願いしますね。