三国志に釣られクマー

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袁紹(えんしょう) 字:本初(?~202)・その3

袁紹の紹介、後編じゃな。いよいよ官渡の戦いからの袁紹について、説明を行っていくぞい。前編と中編は以下を見ると良いぞい。 

 ・袁紹紹介・その1(冀州牧就任まで)

 ・袁紹紹介・その2(官渡の戦い前夜)

 

人物紹介

官渡の戦い(前編)

袁紹はこの頃軍編成を変えておるんじゃ、元々袁紹の代わりに軍を統率する役割として沮授を任命しておったんじゃ。沮授は期待に応え、公孫瓚を滅ぼすのに大いに貢献しておった。

しかしある人物がこれについて袁紹に讒言をするんじゃ。袁紹と同等の権限を沮授一人に与え、内政と軍事をすべて任せて、もし何かあった場合、どうやって制圧するのですか、と。少々気が早い気もするが、この辺りで袁紹陣営は天下統一後をにらんでの権力争いが勃発しておったんじゃろうな。それだけ曹操何するものぞ、と言う意識の人が多かったんじゃろう。

結果として袁紹は沮授の軍権を分割し、沮授、郭図、淳于瓊の3人を都督としたんぢゃ。まあ確かに一人に権限集中させるのが危険なのは確かじゃからな。

こうして200年、袁紹は南征を開始するんぢゃ。これより少し前に劉備が徐州で曹操に敗れいるんじゃが、この時はチャンス到来とばかりに田豊は許都急襲を進言しているんぢゃ。しかし袁紹はこれを退けているんじゃな。奇襲とか卑怯に近いやり方をせずとも、堂々と正面から戦って倒せばよい、と言う考えじゃったと思うんじゃ。最終的に袁紹田豊を獄につないでしまうんじゃよ。

劉備袁紹の下へ逃げてきており、これを袁紹は受け入れておるんじゃよ。

そして袁紹曹操と対峙する。途中顔良文醜曹操陣営の策略に引っ掛かり、討ち取られるんじゃが、それでも大勢に変化はなく、兵力差を利用して袁紹曹操を圧倒していくんじゃ。

曹操はじわじわ圧されて、遂に官渡の砦に立て籠るしかできなくなるんじゃよ。頭の上からは矢の雨が降り注ぎ、地面はモグラ戦法で地下から砦の中に侵入しようと、あらゆる手を使い攻略されておった。

曹操も粘り強く守っておったが精神的にはかなり追い詰められておったじゃろうな。それでも半年近く撃退し続けておったんじゃから、かなり堅固に守っておったのじゃろう。

官渡の戦い(後編)

やがて大きな転機が訪れるんじゃ。許攸と言う人物が袁紹を見限り、曹操の方へ寝返ったんじゃ。そして烏巣が兵糧等の集積地になっている。そしてそこの守りは万全ではない、と言う情報も曹操に持ってくるんじゃよ。

曹操は騎兵中心の編成で素早く烏巣を急襲し、これを打ち破ったんじゃ。

この時張郃は烏巣を破られると自軍は崩壊する、とすぐに軍を向かわせることを進言するんじゃが、郭図は、曹操が烏巣を攻めていると言うことは、官渡の砦は手薄になっており、攻めれば落とせるはずだし、曹操も本陣が攻められていると聞けば、本拠地が気になって烏巣攻略もままならなくなるはずで戻る場所を失うだろう、と意見を言っているんじゃな。

じゃが張郃はこれに対し、明確に反論しているんじゃ、曹操が本拠地を手薄にしているはずがない。それに元々半年もの間せめて落とせなかった砦なのに、なぜそれが今曹操が出撃しているだけで、いきなり攻め落とせるようになるんだ、と。官渡の砦を攻め落とせず、烏巣を逆に落とされた場合、捕虜になるのは自分達だぞ、と。

ワシもこの張郃の意見には賛成じゃな。それ以外の砦でも撃退されたケースがあるし、半年攻め落とせない砦を、曹操一人がいないだけで簡単に攻め落とせるとは思えん。全力で烏巣の救援に向かうべきじゃった。

じゃがよりによってこのタイミングで袁紹は最悪の采配をしてしまった。よりによって本拠地攻撃を反対していた張郃に本拠地攻撃を命令したんじゃ。烏巣の方にも兵は送っているんじゃが、彼らは己たちの役割の重要性をどこまで理解していたのか・・・あっさりと曹操の返り討ちにあって敗北しているんじゃ。

これが張郃自身に烏巣救援に向かわせていたらどうじゃったろうか。実は曹操の烏巣急襲も結構激しい抵抗を受けていたんじゃよ、張郃自身が向かっていたら・・・紙一重じゃったろうな。

とは言え。これで大勢は決した。烏巣は打ち破られ、兵糧は燃やされ、当然本拠地も落とせず、張郃と一緒に攻略担当だった高覧は曹操軍に降伏、こうして袁紹陣営は総崩れになってしまったんじゃ。

袁紹の死

曹操に大敗し、冀州に退却した袁紹じゃが、国内はあちこちで反乱が起きておった。袁紹はこの平定に駆けずり回っておったんじゃ。曹操黄河を渡ってきたんで、倉亭で合戦になったがまた袁紹は敗れておる。じゃがその前に袁紹劉備曹操南欧に送り込んでおり、かく乱させておったんじゃ。劉備への対処と、兵糧の問題もあったのか、曹操も退却したんじゃ。こうして再び袁紹は反乱の鎮圧を行っておったが、202年5月に発病して死んだんじゃ。その後の袁一族や、配下武将とのエピソードも色々あるんじゃが、それは各々の人物紹介の所で行っていくとしようか。

さて、これで袁紹の紹介は終わりじゃな、続けて能力評価に行くぞい。袁紹は当然3作品全てに出ているぞい。

能力評価 

爺評価(Max.200)
   軍事   統率   知謀   政治 
 袁紹(20歳)  105 75 70 140
 ↓ ↓ ↓  ↓↓ ↓↓ ↓↓ ↓↓↓
 袁紹(45歳)  139 106 101 178

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袁紹は意外と胆力があり、また宦官相手とは言え、宮中に乗り込み自ら剣を振るっておる点から軍事面は高めじゃ。そして曹操が支配するようになっても袁家の統治を懐かしんだ、と言うエピソードから政治も高くしておる。

その一方で、反董卓連合軍をまとめきれなかったこと、配下の権力争いをきちんとまとめなかったことから統率はやや抑えめぢゃ。知謀も謀多くて決しなし、と言う評価からこちらも少し控えめじゃな。しかし華北の雄にふさわしい能力じゃな。

 

三国志14(Max.100)
   統率   武力   知力   政治   魅力 
 袁紹  81 69 70 73 92

 

天舞~三国志正史~(Max.16)
   武勇   采配   策謀   政治   外交   人徳 
 袁紹  2 7 4 6 9 13

 

鄭問三國志(Max.30)
   武勇   統率   知謀   政治   健康 
 袁紹  16 22 12 23 15

 

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雑談ぢゃ

ほっほっほ、どうもくまの爺ですじゃ。さて、袁紹の紹介はこれでいったん終了じゃな、長かったぞい。

有名武将になるとなかなか大変ですね。それにしても・・・袁紹って本当に優柔不断なんですか?

ふむ、あまりそう言う風には見えんかったかの?

そうですねえ、どちらかと言うと頑固で融通が利かないかなってイメージはあるんですが・・・。

そうじゃなあ、まあワシが敢えてそう見えないような書き方をしてるのかもしれんのう。

ワシは袁紹曹操よりも天下統一の明確なビジョンを持っておったと思うんじゃ。

じゃが明確過ぎるビジョンはほころびが生じた時にどうするのか。この判断が非常に難しいんじゃな。

中途半端なタイミングで方針転換するとそれこそどっちつかず、優柔不断ととられるからの。実はこう言うのはかなり難しいんじゃ。

例えばサッカーや野球とかの監督でも、流れが変わりそう、もしくは変わった時どのタイミングで選手や配置を変更するか。こう言うのは傍から見ているほど簡単ではない。

もし選手を変更すれば、それまでかろうじて取れていた均衡が一気に崩れ去る恐れもあるからの。

外部からあの時ああしておけばよかったじゃないの、と言う程簡単な訳ではないんですね。

そうじゃな、そう言う意味ではもう後がない状態まで追い詰められていた曹操の方が思い切って動けたのも確かじゃろうな。

うーん、この辺りの判断は難しそうですね。

そうじゃな、こう言うのは勝っている時ほど変更するのは難しいんじゃよ。袁紹もそれまでずっと曹操を圧し続けておったから、急な情勢変化で判断が難しかったんじゃろうな。逆に張郃の判断力が恐ろしく冴えている、と言うことの間接的な証明になっておるのう。

そう考えるとやはり優柔不断と言うのは違うかも、と言う印象になりますね、私は。張郃は優秀そうですね。

うむ、張郃は後に曹魏を代表する名将としての地位を築いていくんじゃ。曹操は彼を韓信に喩えたりもしておる。いつか紹介する時が楽しみじゃな。

しかし袁紹の能力評価は知謀、知力辺りが少し抑えめなのは作品問わず共通かのう。

さて、前二つでも語っておるし、今回はここまでじゃな。袁紹編長かったが最後まで見てくれた方は感謝じゃぞい。また続けて袁紹配下の武将の紹介となっていくから、よろしくの。

次も見てくださいね、それではまた!

1⃣2⃣・3⃣